2021年度 グローバル文化学科 優秀卒業論文賞、学科長賞

写真
写真

「優秀卒業論文賞」は各クラスタ(国際文化学部ではコース)が優秀卒業論文に相応しいとして推薦した論文に対して授与されます。学科長賞は、優秀卒業論文の中からさらに特徴のあるものを数件選び、論文の内容を表す賞名をつけて顕彰するものです。2021年度は、11本の優秀卒業論文の推薦があり、どれも力作で甲乙付け難く、「学科長賞」の選考には苦労しましたが、結果的に、岩本巴菜さんの論文と藤井孝弘さんの論文を「学科長賞」としました。

優秀卒業論文・学科長賞

氏名 岩本 巴菜
(グローバル文化学科 / グローバル社会動態プログラム/ 先端社会論クラスタ)
賞名 「植民地主義的文明史観の克服は可能か ー 負の遺産と向き合う 賞」
論文題目 ポストコロニアル・ベルギー批判 ― RMCA(王立中央アフリカ博物館)の展示をめぐって
学科長コメント ヨーロッパ中心主義的文明史観をいまだに克服できずにいるベルギーの実態を鋭く告発する論考。しかしこのことは遠いヨーロッパの国の他人事でなく、現代の日本にも突きつけられている。人は負の歴史にいかに向き合うべきか。漫然と過ごす日常に鋭く警鐘を鳴らす力作である。
クラスタ推薦文 本論はかつての植民地コンゴの文物やコンゴ人による芸術を集めた博物館の具体的な展示物、展示の仕方、施設の空間構造、観客の動線設定から緻密に読み解き、未だに「文明化の使命」のもとに過酷な歴史を承認しないベルギーにおける歴史修正主義的見解に強烈な異議を突きつける。ベルギーへの留学経験をもとに問いを立て、自らの参与観察と現地の当事者からの聞き取りなどの実証的手法を駆使し、博物館論とポストコロニアリズム研究を交差させた高度に領域横断的な優れた研究である。
氏名 藤井 孝弘
(グローバル文化学科 / グローバル・コミュニケーションプログラム / 情報コミュニケーション論クラスタ)
賞名 「テクノロジーからConvivialityを考える 賞」
論文題目 Convivial Chat ― 遠隔会話ツールにおけるテキストとスピーチの共生
学科長コメント ‘Convivial’とは近年「共に生きる(共生)」の意で広く用いられている語である。社会の様々な人々の、よりinclusiveで円滑なコミュニケーションを目指して、視覚と聴覚を組み合わせたツールの開発を試行したこの論文は、著者のconvivialityに対する真摯な思いを伝えてくれる。
クラスタ推薦文 何らかの事情があって声を出すことができない参加者が、他の参加者と対等に話し合いに貢献できるようにデザインされた、新しい遠隔コミュニケーションツールを実装・評価した論文です。送信したテキストやリアクションを読み上げる機能、音声発言を文字起こししてテキスト表示する機能などを備えています。「様々な特性を持った人々が平等に参加できるコミュニケーションツール」という多様性が叫ばれる現代をリードする旗印を、言葉のみではなく実用レベルのシステムを通じて掲げている点が評価できます。

優秀卒業論文

氏名 栗原 健太
(グローバル文化学科 / グローバル文化形成プログラム / 日本学クラスタ)
論文題目 コロナ禍における日本の陰謀論を問う
クラスタ推薦文 本論文は、新型コロナウイルスの感染拡大が一向に収束しない世界において、様々なデマ、フェイクニュースや陰謀論が噴出している現状を踏まえて、日本におけるワクチン接種に関する陰謀論について具体的に分析したものである。本論文の優れた点として、現状への強い問題意識を背景にしつつ、ワクチンをめぐる書籍54冊、5000件をこすネット上のコメントを検討・分類することで、陰謀論の広がりや陰謀論に共感を寄せる人々の思考傾向を浮かび上がらせたことがあげられる。
氏名 藤原 啓伍
(グローバル文化学科 / グローバル文化形成プログラム / ヨーロッパ・アメリカ文化論クラスタ)
論文題目 アメリカにおける政党システムと「政治的分極化」 ― 多国間比較分析を通じて
クラスタ推薦文 本論文は、欧州18か国の政党システムを7つの変数(有効政党数、閉鎖的競合構造、選挙ヴォラティリティ、政党の制度化、分極化指数、非比例性指数)からなる因子分析をつうじて考察し、政党の競合と選挙制度との関係を実証的に明らかにした。そのうえで本論文は、欧州各国の政党システムから得られた実証分析の知見をアメリカ合衆国の政党システムに比較適用することで、近年の同国の政治的分極化をアメリカ例外主義に陥らずに説明しようと試みた。政党研究の先行研究を網羅的に踏まえつつ、計量分析の手法を駆使した本論文は、卒業論文としてきわめて高い水準にあり、優秀論文として推薦する。
氏名 坂井 和夏菜
(グローバル文化学科 / グローバル文化形成プログラム / 越境文化論クラスタ)
論文題目 山岸巳代蔵と有機体論
クラスタ推薦文 本論文は、ヤマギシ会の創始者・山岸巳代蔵の思想について検討したものである。山岸の思想は日本の現代史における典型的なユートピア主義、もしくはカウンター・カルチャーやエコロジーを体現するコミューン運動として受容され、また批判もされてきた。ここでは特に山岸の有機体論に焦点を当て、山岸自身の主張と70年前後のエコロジー運動での解釈の相違を明らかにして、生前と死後の山岸の思想とヤマギシ会の実践における受容には、両義性があったことを丁寧に描いている。さらに優生学や環世界論などからもこれに考察を加えていて、立派な論文となっている。
氏名 齋藤 麻実
(グローバル文化学科 / グローバル文化形成プログラム / 芸術文化論クラスタ)
論文題目 宝塚歌劇と越劇 ― 日中女性演劇の発展に関する比較研究
クラスタ推薦文 本論文は日本の「宝塚歌劇団」と中国の大衆歌劇「越劇」の比較研究である。両者は共に女性が舞台役者の中心であることからこれまでも比較が試みられていたものの、本研究は誕生の背景となる東アジアの近代という時代の特質に着目し、両劇団の誕生・発展の根本要因を本格的に探究した労作である。日本語・中国語による多くの資料を駆使しながら、両劇団がともに「良妻賢母」を起点とする女性改革の中で人為的に作られた近代の産物であること、そして両国の国家情勢や思想的差異により多様な意味付けがなされながら「女性演劇」としての確固たる地位と作品内における女性像を築き上げてきたことを明らかにしている。日中両国における近代の女性像を、演劇史を起点に女性史や教育史など他分野にも展開して捉え直しており、その質の高さとスケールの大きさが高く評価された。
氏名 元木 真理子
(グローバル文化学科 / グローバル社会動態プログラム / 異文化関係論クラスタ)
論文題目 「オーガニック」に関わる生業をする者の暮らしと価値観 ― 現代的な食実践としての有機食
クラスタ推薦文 留学中に他者との出会いから生じた疑問を学術に昇華した点、綿密な先行研究の検討を行ったうえで、約1か月の住み込みの現地調査を遂行し、内面を深く掘り下げた事例を収集し分析した点が優れている。そして、有機食実践者の農業や食だけでなく、新型コロナウイルス対策やワクチン接種への感情と対応も視野に入れ、有機食実践を、科学的・合理的思考をもちつつも、近代に分断されてきた土地―食―身体のつながりと流れを取り戻すものと位置づけるという独創的な結論を導き出した点で高く評価できる。
氏名 上田 涼平
(グローバル文化学科 / グローバル社会動態プログラム / 多文化共生論クラスタ)
論文題目 パンデミックと福祉国家の変容の一考察 ― 政治・経済モデルに関するOECD諸国の計量分析を通じて
クラスタ推薦文 本論文は、コロナ禍における福祉国家の変容について、財政支出の回帰分析で検証した、独創的で実証性の高い論文である。本論文は、内外の福祉国家の政策支出についての先行研究を整理した上で、政治制度モデル、党派性モデル、国家経済・産業モデル、グローバルモデルの4つのモデルと11の仮説を構築し、OLS重回帰分析で検証している。本論文で特にオリジナティが高い点が、合計社会支出とCOVID-19関連支出が反比例していること、つまり社会保障支出が多い国ほど、コロナ対策費の支出を抑えていることを実証的に明らかにし、「肥大化した福祉国家の行き過ぎたバラマキは、かえって国民の信頼の低下につながり、政府への信頼度が高い場合はコロナ対策の追加予算を抑制できる」という解釈をスウェーデンのケーススタディで補強している点である。その解釈については異論もあり得るし、また回帰分析の方法論的理解については口頭試問で確認したところ不十分な面もあったが、独創性の高い仮説を立てて、様々な政治的、社会経済的変数を集めて検証している点で、修士論文レベルの研究であると高く評価でき、クラスタの優秀論文として推薦するに値すると考える。
氏名 矢頭 萌
(グローバル文化学科 / グローバル社会動態プログラム / モダニティ論クラスタ)
論文題目 狂気と非行性から統治性へ ― ミシェル・フーコーの「移行」
クラスタ推薦文 本論文はミシェル・フーコーの初期から晩年に至るまでの著作群を、一つの大きな問いの変奏として跡付けようとする試みである。彼は論じる対象を「狂気」、「非行性」、「セクシュアリティ」と移行させてきたけれども、そこには「存在しないものを存在させる」実践としての言語への問いが一貫して流れている、と論証しようとする。この視座は、主として変化の相の下にフーコーを捉えようとしてきた研究史に対し、それ自体で大きな一石を投じている。
氏名 藤原 望織
(グローバル文化学科 / グローバル・コミュニケーションプログラム / 言語コミュニケーション論クラスタ)
論文題目 多義語「かわいい」の意味拡張とネットワーク ― Twitterとコーパスの用例から
クラスタ推薦文 本論文は、プロトタイプ理論による意味分析の枠組みを用いて、TwitterなどのSNSでよくみられる日本語の形容詞「かわいい」の新奇的用法の多様性を捉えている。あいまいな評価的意味をもつ形容詞の研究は意味論の難所であるが、精細な意味分析の結果に統計的な考察を加えることで、「かわいい」の意味の諸相を鮮やかに描き出している。統計的手法の理解が不十分であることが課題として残るものの、着眼点の独創性と研究アプローチの堅実さを高く評価することができる。
氏名 道端 有未奈
(グローバル文化学科 / グローバル・コミュニケーションプログラム / 感性コミュニケーション論クラスタ)
論文題目 境界拡張の生起要因 ― 画像の覚醒度と親近性による影響
クラスタ推薦文 日常的に写真、絵画など画像を観察する場面は多いが、後にその画像を思い出す際には実際よりも広角のアングルに拡張される傾向にあることが知られている。この傾向は「境界拡張」と呼ばれている。本研究では境界拡張の生起要因を探るために画像の感情価や親近性、対象カテゴリを操作して比較を行い、観察画像の覚醒度や対象が境界拡張に影響を及ぼす事を見出した。これらの結果は、画像記憶の持つバイアスとその背景要因に迫るものであり、画像記憶研究に新たな視点を提供し、視覚芸術等でも応用が期待できるものである。論文内では、先行研究の踏襲に留まらず新たな実験デザインを試みており、得られたデータは19枚ものグラフと統計解析を用いて的確な分析が行われている。さらに十分な数の英語文献を読み込んだ上で先行モデルとの比較対象も行われており、卒業論文として傑出した内容であると考えられる。これらの理由により、本論文を感性コミュニケーション論クラスタの優秀卒業論文として推薦する。