2022年度 グローバル文化学科 優秀卒業論文賞、学科長賞

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「優秀卒業論文賞」は各クラスタ(旧称・コース)が優秀卒業論文に相応しいとして推薦した論文に対し、学科会議での審議を経て授与されます。「学科長賞」は、優秀卒業論文の中からさらにずば抜けた特長をもつ秀作を数点選び、論文の内容を表す賞名をつけて顕彰するものです。 2022年度は、10本の優秀卒業論文の推薦がありました。いずれ劣らぬ力作でしたが、厳正な審査の末、西山 拓真さんと小野坂 海斗さんの論文が学科長賞に選出されました。

優秀卒業論文・学科長賞

氏名 西山 拓真
所属 グローバル文化形成プログラム/ヨーロッパ・アメリカ文化論クラスタ
賞名 「生きとし生けるものの幸福のために」賞
論文題目 動物の倫理と対立の克服―アニマル・ウェルフェアに注目して―
学科長 コメント 食用の家畜を中心に日本のアニマルウェルフェア(動物福祉)の問題点と克服の可能性を考察したシャープな論文である。文献研究と4カ所の牧場を中心とする現地調査を踏まえ、日本の現状の解決策を探るのみならず、動物倫理をめぐる議論にも一石を投じた、高質の論考と評価する。
クラスタ推薦文 本論文は、アニマルウェルフェア概念の畜産業における実現可能性について、理論と実践の両面から丁寧に考察した点で評価に値する。まず、動物倫理に関する論点について、主要な国際的先行研究を比較・分析し、的確にまとめている。そのうえで、アニマルウェルフェアの日本における適用可能性について検証すべく、4つの牧場で現地調査とインタビューを行っている。その結果、日本の牧場におけるアニマルウェルフェアの実践は可能であり、国際的な動物倫理論争や環境問題の改善につながる有益な方法だと結論している。
氏名 小野坂 海斗
所属 グローバル文化形成プログラム/越境文化論クラスタ
賞名 「消されゆく歴史に光を当て、刻みつける」賞
論文題目 四国遍路とハンセン病
学科長 コメント ハンセン病患者による四国遍路という、ほとんどの人に忘れられ、権力によって覆い隠されつつあった最もセンシティブな民衆史の一幕を、膨大な資料探索と深い考察を通じて蘇らせた力作。 終始、読者の目線に寄り添った筆致もすばらしい。
クラスタ推薦文 ハンセン病療養施設へのフィールドワークと、コロナ禍で自らが自粛生活を余儀なくされた状況をモチーフに、四国の遍路とハンセン病患者の関係を歴史的に考察したもの。近世から明治の近代化の過程、そしてハンセン病患者が強制隔離されるプロセスから現代までの歴史的経過を丹念に追いながら、ハンセン病による隔離や蔑視と四国遍路のもつ特異性・空間性の変容を活写しており、秀逸な医療文化史と評価できる。

優秀卒業論文

氏名 佃 萌衣
所属 グローバル文化形成プログラム/日本学クラスタ
論文題目 ディズニー・プリンセスにみるジェンダー表象の再考 ―「演出」技法に着目して―
クラスタ推薦文 ディズニー映画をジェンダー射程から読み解く研究は多いが、本論考は『アナと雪の女王』という新しい映画2作品の比較を通じ、ヒロインのアイデンティティとしてLGBTへの言及を広げた。特に映画学の演出論を用い、「窓」シーンに加え、独自にドアのシーンの有効性とそのレトリックを発見した。映画学の立場からも「ありそうでなかった論文」と高い評価を受けたように、オリジナリティの高い説得的な論文構成によってヒロインをめぐるジェンダ―表象の特徴が明らかにされている点が高い評価を受けた。
氏名 吉岡 朱音
所属 グローバル文化形成プログラム/芸術文化論クラスタ
論文題目 ヨーロッパと日本の説話伝承文学における「魔女」と「異界」の表象 ―『ペロー童話集』と『御伽草子』を中心に―
クラスタ推薦文 推薦学生は、日本の古典文学、特に説話伝承文学に関心を持ち、研究継続の予定である。その一環として、卒論では西洋の「魔女」のイメージへの興味から日本の類似の存在として「山姥」に注目し、同時代(17世紀)、同様の性質(民間伝承をもとに書籍出版され、現在も人口に膾炙する多くの話の元となる)を持つ『ペロー童話集』と『御伽草子』の各原文を分析、キリスト教や仏教に対する「異界」としての「原始宗教」とのつながりを指摘しつつ比較・考察した。多くの文献を渉猟し、先行研究にも慎重に目配りをし丁寧に準備された論文で、文章力の確かさを含めて高く評価できる。
氏名 簗瀬 由美
所属 グローバル社会動態プログラム/異文化関係論クラスタ
論文題目 戦前から戦後を貫く花森安治の思想における「ねじれ」――『暮しの手帖』の分析から読み解く女性と家庭の表現
クラスタ推薦文 本論文は、生活総合雑誌として著名な『暮らしの手帖』を創刊した花森安治の思想を主題として取り上げたものである。花森は、大政翼賛会への参加などを通じた戦争への「加担」に対する自責の念を持ち、戦後には新たな社会の建設、女性の支援を目指して、『暮らしの手帖』を通じて多くのメッセージを発信した。本論文は、『暮らしの手帖』に掲載された花森安治の記事の綿密な検証を通じて、戦前から戦後へと至る花森の思想の軌跡を明らかにしつつ、花森の思想に内在する特質を「ねじれ」という筆者独自の観点から分析を試みたものである。分析に際して筆者は、(1)花森の女性像、(2)家庭像、(3)戦後日本をめぐる社会を花森の思想の特質を浮かび上がらせるための重要な論点として設定し、検討を進めている。その結果、たとえば、花森は女性の知性を高く評価しつつも、主婦、母としてその知性を社会よりも家庭の中で発揮すべきと捉えていたことを筆者は明らかにしている。戦争への反省から、女性を支えることを目指した花森ではあるが、本論文での議論から、その反省の念とは裏腹に、女性の啓蒙、そして女性のあるべき姿を花森が規定し、囲い込んでゆこうとしている側面が説得的な形で明らかにされている。 本論文は、明確な問いの提示、雑誌記事という資料の丁寧な渉猟と緻密な分析を行ったうえで、独自の視点から議論を展開したものである。問いの分析を経て、新たな問いをさらに提出していくという手続きも手堅く、水準の高い内容を伴ったものとして高く評価できる。
氏名 橘 駿人
所属 グローバル社会動態プログラム/多文化共生論クラスタ
論文題目 円借款における本邦技術活用条件(STEP)の現状と課題
クラスタ推薦文 本卒業論文は、外務省や国際協力機構(JICA)の公表する文書や数量データを収集し、量的研究と質的研究を組み合わせる混合手法的な分析を通じて、本邦技術活用条件(Special Terms for Economic Partnership : STEP)に関する6 つの側面について運用状況の変遷を解明し、その原因を考察した点でオリジナリティーを認めることができる。STEPは、日本の「顔が見える援助」を促進するために導入されたにもかかわらず、日本の国際協力が利他主義的から国益中心主義の要素を強めていく過程において、経済界の要望を受けて国際協力と国益を結びつけるツールの一つとして制度変更されてきた経緯が確認された。また、本卒業論文は、以上にも関わらず、近年は逆説的に、STEPへの日本企業の関心が低下している諸相を実証した上で、制度としての問題を鋭く指摘する議論にも踏み込んだ点で、日本の国際協力のあり方に一石を投ずるものである。
氏名 白井 望人
所属 グローバル社会動態プログラム/先端社会論クラスタ
論文題目 「ノンケじゃない」男性たちによる異性愛規範の再生産とその克服―1990年代以降の日本で結婚した既婚ゲイを例に
クラスタ推薦文 本論文は、女性と結婚したゲイ男性(既婚ゲイ)の生き方について、彼らが異性愛規範の再生産とその逸脱のなかで折り合いをつけようとする様子を分析した。特に「ノンケじゃない」という概念を援用・展開することによって、ゲイ・アイデンティティの有無や、結婚状況によって男性たちを分断することを回避し、男性全体を抑圧しうる規範の領域のダイナミクスを明らかにした。雑誌分析や、2年間をかけて関係を構築した当事者らへの聞き取りなどの手法を駆使し、異性婚の中にある異性愛規範の転覆や、男性のあいだの連帯の可能性を見出した優れた研究である。
氏名 船岡 美歩
所属 グローバル・コミュニケーションプログラム/言語コミュニケーション論クラスタ
論文題目 翻訳に現れるジェンダー意識の変化 ~日本語吹き替えにおける女性文末詞を中心に~
クラスタ推薦文 本論文は、現代社会におけるジェンダー意識の変化が、フィクション作品の日本語訳に反映されていることを明らかにしたケーススタディである。調査対象とした映画の字幕版・吹き替え版・原作小説の翻訳という3つの訳文を丁寧に分析し、10年前の先行研究の調査結果と比較するという方法で、映画翻訳における女性文末詞が減少し、実際の会話との乖離が縮まったことを定量的に明らかにし、表やグラフを効果的に用いて説得力のある形で提示している。
氏名 林 夕梨香
所属 グローバル・コミュニケーションプログラム/感性コミュニケーション論クラスタ
論文題目 自己固有感覚の活性化とラバーハンド錯覚の関係
クラスタ推薦文 本論文はラバーハンド錯覚の生起に自己固有感覚が与える影響を, 46名を対象とした心理学実験で検討した。心理学・神経科学・工学の先行研究を分野横断的に踏まえつつ未解決な問題を提起し、整然とした理路のもと独創的な仮説を構築している。錯覚を惹起させるために約10時間にわたり触刺激を手動で与え、事前登録を含め厳密な実験計画のもと解析を行っており、結果について科学的に妥当な解釈を行っている。このように本論文は、卒業論文としてきわめて高い水準にあり、優秀論文として推薦する。
氏名 菊池 綸
所属 グローバル・コミュニケーションプログラム/情報コミュニケーション論クラスタ
論文題目 いつもと違う決定を促すグループ企画ツールのデザイン
クラスタ推薦文 みんなで話し合って決めようとするからこそ無難な提案に終始し、無難な結論に至ってしまう。普段から少しずつでも挑戦を積み重ねるにはどうすればいいのか。そのような普遍的課題に対して、先行研究の調査に基づいてデザイン指針を示し、アプリケーションの開発とユーザーテストを通じて考察する完成度の高い論文です。提案の場に「挑戦性」の軸を一本引いて見せるというデザインは、私たちがどれほどたやすく挑戦することを忘れてしまうか痛感させられます。

※アジア・太平洋文化論クラスタ及びモダニティ論クラスタからは該当推薦者がありませんでした。