2023年度 グローバル文化学科 優秀卒業論文賞、学科長賞

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「優秀卒業論文賞」は各クラスタ(旧称・コース)が優秀卒業論文に相応しいとして推薦した論文に対し、学科会議への付議を経て授与されます。「学科長賞」は、優秀卒業論文の中からさらにずば抜けた特長をもつ秀作を数点選び、論文の内容を表す賞名をつけて顕彰するものです。 2023年度は、10本の優秀卒業論文の推薦がありました。いずれ劣らぬ力作でしたが、厳正な審査の末、近田 佳乃さんと井ノ岡 朋佳さんの論文が学科長賞に選出されました。

優秀卒業論文・学科長賞

氏名近田 佳乃
所属グローバル社会動態プログラム/異文化関係論クラスタ
賞名「グローバル文化学の遥かなる高みへ」賞
論文題目「私」を装うヴェール実践―マンチェスターにおけるムスリム女性の自己成型をめぐる人類学的考察
学科長コメント英国在住の女性イスラーム教徒たちの信仰実践とりわけヴェール着用の問題に、広汎な先行研究の的確な批判と、参与観察を中心とするフィールド調査によって新たな光を当てた。精緻な観察と深い分析、人類学でいう「厚い記述」など、既に職業研究者の素養さえ感じさせる見事な完成度である。当学部・学科の海外留学制度を最大限に活かした点も評価できる。
クラスタ推薦文本論文は、イギリスのマンチェスターで交流を重ねたムスリマ(女性イスラーム教徒)達を対象としたフィールドワークの成果に基づいて、欧米におけるヴェールをめぐる論争の問題点を批判的に検討し、当事者たるムスリマ達が考え、実践するヴェール着用の意味を多角的に検討したものである。 提出された様式で200ページ(400字詰原稿用紙換算で500枚)を超える、卒業論文としては例を見ない大部なものである。また、これだけ大部であるのにも関わらず、文章もよく練りあげられているだけでなく、明確な問題意識と構想に基づく論理的な議論が展開されている。英語および日本語による大量の文献を丁寧に読み込み、慎重な検討を加えて独自の議論を展開している。また、フィールドワークの成果をもとに独自の考察と主張がしっかりと提示された独創的な論文である点も高く評価できる。 国際人間科学部グローバル文化学科における学業の集大成として、非常に水準の高い、傑出した論文を完成させたことは特筆に値する。
氏名井ノ岡 朋佳
所属グローバル社会動態プログラム/先端社会論クラスタ
賞名「普遍的人間学の新たなる地平へ」賞
論文題目性愛を強制する規範と「子ども」時代―アセクシュアル当事者による過去をめぐる語りから―
学科長コメント「いかなる他者に対しても性的に惹かれない」性的指向を指すアセクシュアルについて、従来の研究にほぼ欠けていた「子ども」時代からの経験という時間の要素を導入し、強制的性愛規範によって当事者が「逸脱者」とされてゆく動的モデルを導き出した。先行研究の隙を突いたオリジナルな発想、理論的な枠組と方法論の周到な検討、難しいインタビューの遂行、深い考察と筋の通った論述など、全体としてこのまま学術誌に掲載できるであろうほどの高い水準に到達している。
クラスタ推薦文本論文は、「アセクシュアル」の人の存在を通じて、「人は子ども時代は性的に無垢で、成長にしたがって性的な関係を求めるもの」という強制性愛規範を批判的に考察するものである。アセクシュアル研究というそれ自体新しい分野に切り込み、先行研究が触れてこなかった当事者の子ども時代の経験とこの規範の関係に焦点を当て、マジョリティの側が成長に従って規範に沿うよう変化することを論じた。この点で、ハワード・ベッカーの逸脱論についても実証をふまえた新しい視覚を提供している。このように、テーマだけでなく、当事者への聞き取り調査、邦訳のない数々の文献調査、関係理論の解釈の点で新奇性に富む本論は、文章も精緻で、これらの組み合わせによる論理的説得性が極めて高い。学部学生の卒論として非常に高度でクラスタの中でも抜群の1本として本論を推薦する。

優秀卒業論文

氏名久保田 帆香
所属グローバル文化形成プログラム/日本学クラスタ
論文題目メディア分析からみる女性の野球進出
クラスタ推薦文本論文は、日本の漫画メディアにおいて女子野球がどのように描かれてきたのかを具体的なマンガ分析を踏まえて実施したものである。その分析にいたる手続きとして、スポーツジェンダー学の先行研究を的確にまとめたうえで、新聞データベースを網羅的に調べることで、1900年代から2000年代までのあいだに女子野球が話題になるときは、女子野球に対する否定的評価や応援しているようで常に男性中心主義的な観点からの評価が大多数を占めていたことを数量的に明らかにした。さらに第3章では1970年代から1990年代まで連載されていたマンガ『野球狂の詩』における、女性を下位に置くような言説を浮かび上がらせた。これに対し、2000年代以降のマンガ『ルーキーは松井さん』や『球詠(たまよみ)』では、すでに男性からの蔑視的視線はほとんどなく、女性主人公たちの成長や内面の葛藤がメインに描かれており、大きく女子野球表象のトレンドが変わったことを具体的な画像分析から説得的に明らかにした点は独創的であった。
氏名掛下 真由佳
所属グローバル文化形成プログラム/アジア・太平洋文化論クラスタ
論文題目タイにおける権威主義とそれに対する抵抗に関する研究
クラスタ推薦文本論文は、今まさにタイ社会の中で生じている極めて大きな意識の変化と政治の変革を求める機運について取り上げた力作です。日本語での本格的な研究論文が未だ極めて少ないテーマであるにも関わらず、英文の研究書・研究論文を幅広く参照したうえで、英語でアクセスが可能な司法データ、映像表現、当事者インタヴューを含むタイの一次資料を収集し、それらをもとに現在のタイ社会の水面下で胎動する権威主義への抵抗の一端を描き出していると言えます。
氏名伊東 璃美
所属グローバル文化形成プログラム/ヨーロッパ・アメリカ文化論クラスタ
論文題目労働と幸福―アーツ・アンド・クラフツ運動の理想と実践、その現代日本における意味について
クラスタ推薦文本論文は、労働と幸福をテーマとし、19世紀後半のアーツ・アンド・クラフツ運動の先導者であるジョン・ラスキンとウィリアム・モリスの労働観をそれぞれの著作の原典にあたりながら、疎外の問題にも言及しつつ丁寧に分析するとともに、両者の実践活動とその挫折についても考察を行っている。それをふまえて、高度経済成長期以降の日本における労働観や消費者意識の変化を資料に基づき分析し、労働の喜びを人間の自由な創造性に見るラスキンやモリスの思想に、今日的な意味を見出している。大きなテーマに果敢に取り組み、膨大な資料を読み込み論理的に整理できたこと、そして人生の問いに向き合おうとする真摯な姿勢が高く評価できる。
氏名吉田 光希
所属グローバル文化形成プログラム/芸術文化論クラスタ
論文題目宝塚歌劇の文脈から見た男役/娘役の二分化の効果と問題点
クラスタ推薦文宝塚歌劇の娘役は、知名度抜群の男役の陰に隠れた存在です。これは現代の男女格差をそのまま反映しているのでしょうか。この論文は、「女性のみ」という特殊性が男性中心社会への抵抗としていまだ価値を持ち続けている日本の現実をふまえ、男役/娘役の分化が現代社会の男女二元論と単純に比較できない複雑さをていねいに解きほぐしました。そのうえでジェンダー研究と作品を参照し、男役/娘役が逆に異性愛規範のあいまいさや人為性を暴く可能性があるものと示したことが高く評価されました。
氏名宮川 凌太朗
所属グローバル社会動態プログラム/多文化共生論クラスタ
論文題目「日米防衛協力のための指針」改定過程とその要因の政策過程論的分析
クラスタ推薦文本論文は、「日米防衛協力のための指針(日米防衛ガイドライン)」の1997年と2015年の二度の改訂について、なぜその時期に改定されたのか、ジョン・キングダンの「政策の窓」理論を援用することで解明を試みたものである。「政策の窓」理論とは、①問題の流れ(政策課題が認知され、理解が共有されること)②政策の流れ(政策課題の解決策が実現可能であること)③政治の流れ(政策を実現する意思があり、そのための政治的環境が整っていること)の3つの流れが一致した時に「機会の窓」が開き、新しい政策が実現する、という理論モデルである。本論文は、1997年改定については、①ポスト冷戦と北朝鮮ミサイルによる日本の安全保障意識の変化②外務、防衛政策担当官僚の認識の一致③自社連立の経験も生かした橋本政権の巧みなアジェンダ設定、の3つの流れの一致により改定が実現したのに対して、2015年改定は①尖閣問題や東日本大震災を経た、日米防衛協力の強化の必要性についての認識の深化②内閣官房国家安全保障局設置など官邸主導の政策立案③連立与党の公明党による改定容認と野党の弱体化、の3つの流れが重なって実現したと説明している。本論文は、新聞報道や各種回顧録、日本政治論、現代日本外交史の先行研究など幅広い資料に依拠しながら、ガイドライン改定に橋本政権と第二次安倍政権が取り組んだプロセスを一つ一つ丁寧かつ明快に説明しており、「政策の窓」モデルを援用することで説得力のある議論を展開している点が特に高く評価できる。
氏名加藤 千春
所属グローバル・コミュニケーションプログラム/言語コミュニケーション論クラスタ
論文題目補助動詞「てあげる」の受益者が不明確な用法の使用条件
クラスタ推薦文本論文は、日本語の補助動詞「てあげる」の用法のうち受益者が不明確な用法の使用条件について、一般言語学の立場からの分析を試みたものである。先行研究の批判的検討に基づいて自ら導き出した問題に対し、独自に収集した豊富なデータの分析を用いて説得力のある解答を提示している。加えて、本研究の成果を、意味変化研究で提唱されている(間)主観化のプロセスと関連付けて論じている点も高く評価できる。
氏名田中 有己
所属グロ ーバル・コミュニケーションプログラム/感性コミュニケーション論クラスタ
論文題目色の自己関連付け学習が注意の瞬きに及ぼす影響の検討
クラスタ推薦文本論文では,「自己バイアス(self-bias)」に着目し,自己関連学習と注意の瞬き(attentional blink)課題を組み合わることで,自己に関連する情報への優先的処理の背景を探るものである。自己バイアスとは自らの氏名,顔貌,出身地など自己関連の情報への記憶や注意などの認知過程の優先を示す。学習課題において自ら選択した色を自己の色として関連付けを行ったところ,注意課題で一部の条件では,学習した色が標的刺激に使用された場合に検出成績の向上がみられた。この結果は短期的な学習によって人工的に刺激と自己との関連性を形成することが可能であり,それが無意識的な注意プロセスに影響を及ぼす可能性を示唆する。本研究の着想の背景には,犯罪捜査で用いられる隠匿情報検査があり,自己に関連したエピソードを持つ対象への注意は意図的に制御し得るかという点に着目し,本課題を構想するに至った。実験にあたり,対照実験も含め,精密な計画を立て,その結果の考察についても主要な研究理論を踏まえつつ自らの論を展開しており,特筆に値する。
氏名浅田 智哉
所属グローバル・コミュニケーションプログラム/情報コミュニケーション論クラスタ
論文題目当てられるのに備えて匿名意見を積み立てることで議論に安心して参加できる発言促進システム
クラスタ推薦文「なぜ意見があるのに主張しないのか」についてここまで深く、網羅的に分析することができたのは著者自身が人生を通じてその課題に向き合ってきたからこそであろう。熟慮の末にデザイン・実装された細やかな配慮の行き届いたコミュニケーション支援システム、評価実験を踏まえて理路整然とまとめあげられた本論文は、どちらもそれ自体が心にまで響く主張となっている。

※越境文化論クラスタ及びモダニティ論クラスタからは該当推薦者がありませんでした。